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2008年11月19日

●ネクローゼ

ナレーションのお仕事で広尾へ。
店という店がなんだかセレブでお洒落で外人多そう。
ここは一つ思い切ってマクドナルドへ。
ささやかにダイエットを心がける細見大輔はポテトとコーラSを注文。
だったら初めから間食しなきゃいいのに。
隣に座った主婦達がいきなり英語で会話、日本人じゃないの?
数年前の苦い記憶が蘇る。
あの英会話学校。
あのウサギの学校。
消えた細見大輔の授業料30万円。
寸でのところで自己破産したあの学校。
英語の勉強はできなかったが、社会勉強はできたと自分に言い聞かせる。

つつがなく収録終了。
来年には放送される筈。
いつもそうなのだが、自分が思っているよりも数十倍感情を抑えた感じで読むと結構いいらしい。
それは自分が舞台役者だからなのかなんなのかは謎だが、確かにオンエアーを聞くと丁度良い案配になっている。
CMを一つ作るだけでもすごく大変なんだなーと実感する。
そしてやりがいを感じる。
引き出しをたくさん用意することはもちろん重要だが、新しい、自分でも気がつかない引き出しを見つけてくれる監督であったり演出家に出会うと、本当に幸せな気持ちになれる。
自分にはまだたくさんの可能性があるのだということを信じたいし、信じることが大事なんだと言い聞かせる。

広尾から恵比寿まで歩く。
やはり小洒落た店が何軒もある。
いい感じのBarとかある。
せっかくの広尾なんで、ワインでも飲みながらチーズを食べようかと思索にふけるも、所詮そんなキャラではないことを十分承知している細見大輔は、まるで運命に導かれるようにラーメン屋に突入する。
ゆず塩ラーメンを食す。
まさに飲んだ後に最高の一杯を、全然飲まずに食べたものだから、物足りなさと己の勇気のなさを痛感するも、最後の一滴まで丁寧に飲み干して店員にビールを奢って店を出る(嘘)。

そんな自分を夢想しながら、道行く人々を何とはなしに眺める。
広尾や恵比寿にいるというだけで、誰もがワインに詳しく、ジャズに詳しく、天井の高いマンションに住んでるのであろうなと勝手な妄想を膨らませる。
飼ってる猫にいたっては、みんな洋猫、毛並みとかすごく綺麗、肛門も。
うちの猫にいたっては、ほぼ雑種、毛とか部屋に落ちまくり、うんこも落ちまくり、すすにいたっては太りすぎて肛門舐められない、おかげで綺麗好きのタビに追いかけられる、走って逃げるからウンコ落ちまくり、タビ怒りまくり。
なんだこの無駄な循環は、この輪廻は、グルグルグルグル、グルグルグルグル、ウンコグルグル。

そんな小学生でも書かないような文章を平気でblogに載せるあたり、細見大輔の程度の低さを物語っているようであるが、先週末、ようやく神戸に出向くことができた。
時間の関係上、見事なまでに劇場をスルーし、あれやこれやと。
よもや芝居以外で神戸に来るとは思わなんだ。
よもやこんな事で神戸に来るとは思わなんだ。

夜、大学時代の劇研のメンバーと久しぶりの再会を果たす。
仕事の関係でそんなに大勢は集まれなかったが、それでも子供も入れて8人とたぶん1人、たいしたもんだ。10年ぶり以上の再会か。
それぞれが同じだけ歳をとるわけだから、もちろん全体的な印象としては大学生の頃のようにはいかずとも、何となく変わらないみんなと会えた気がして嬉しくなる。
細見大輔は東京にいるためなかなか大阪の友達と会うことができない。
でも、今思えば其れを言い訳にしてたんだなぁと思う。
会おうと思えば会えた筈で、会おうとしなかったんだと思う。
いつでも会えるやっていう思いが、いつの間にかこんなにも長い時間を経過させて、もう2度と会えない人までできてしまった。

いかんなー、と思う。
いかんかったなー、と思う。

もう10年以上前の話だが、細見大輔は大学時代に1本だけ戯曲を書いたことがあって、それは「ネクローゼ」というなんともおどろおどろしいタイトルなのだが、それを観た後輩が一言、「なんか気持ち悪くなりました」という、ジェットコースターに乗った後の時と寸分違わぬ感想をもらったがために、筆がのる前に筆を折ってしまう事となった曰わく付きの戯曲なのだが、その内容が『日々の生活に疲れた中年が、大学時代の仲間達と再会する』という内容である。
ありがち、ありがち。
んで、その昔の仲間には、好きだった女の子がいたり、自分のことを好きでいてくれた子がいたり、色々いるんだけど、話の中心はいつの間にか自ら命を絶った後藤って奴の話になったりして、結局なんだかんだで祭りの後みたいな寂しさが漂う、気品溢れる作品に仕上がってます(嘘)。

「永遠なものなんてありはしない」

って悲嘆して彼は死んじゃうんだけど、その頃は自分で書いてても正直あんまり実感なかった。
ていうか、何甘いこと言ってるのって思ってた。そんなの当たり前じゃん。
でも今になって、彼につきまとっていたものはなんだったんだろうなぁと考えます。
ひょっとしたら、祭りが終わった事で彼の中の何かがぷつんと途切れちゃったのかなぁって。
だから後藤は死んだけど、この物語の主人公は、「また祭りを始めればいい」って思えたのかなぁ。
まあ、それでも彼は、最後まで「もし」とか「たら」とか「れば」とか言ってウジウジしてる辺りが細見大輔らしいと言えばらしいのだけれども。

んで、今の話に戻るわけだ。

みんなと久しぶりに集まって思った。
もちろんみんな変わらずにいた。
でも、やっぱりそれでも確実に何かは変わっているのだろうし、もう確実に変わってしまったこともあるわけだし、あの時ああしてればとかもっと連絡しておけばとか色んな事を思うわけだ。
でも、それはもう過去と戦ったって仕方がないし、今ここでこうしてる俺たちが、ぱーっとどんちゃん騒がなきゃいかんよなーって思ったわけだ。

とまあ色々考えて書いているわけだが、今現在も色んな事がグルグルグルグル、グルグルグルグルしてしまっていて、なんだか時間が経つごとに自分の中でその支配率が上がってしまってるわけだけど、これから細見大輔は一生この事を考え続けるのだろうなぁと漠然と感じておりますです。もちろん、四六時中ってことではないけどね。
正解がどうとかそういうことでなくて、生きていくって何だろうって、前よりももうちょっとだけ真剣に考えようと思います。

そんなわけでして、
最後に一言、

ゴホン、

「ほ~ら、祭りが始まったよ~ん」

こーん


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